情報格差とユニバーサルデザイン

18.2.5. 情報格差とユニバーサルデザイン

情報技術の発達に伴い**デジタル・ディバイド(情報格差)**の問題が生じています。

いくら情報技術が普及したと言えど、金銭的などの理由でコンピュータやインターネットにアクセスできない人が今でもいます。また情報技術へのアクセス自体ができても、それを上手く使えない人もいます。情報技術が「それを使える人たちだけが、一方的に得をするような代物」になってはいけません。私たちは色々な方法で

  • 個々の情報技術を、できるだけ多くの人が使えるよう工夫すること
  • 情報技術を使えない人に対して、代替となるものを提供すること

を行わなければいけないのです。

こうした問題を理解するため、ものの「扱いやすさ」に関する概念を認識し、どのような対策が取れるのかを考えてみましょう。

ユーザーインターフェース #

情報技術の「扱いやすさ」の検討は、主にユーザーインターフェース (UI) と呼ばれるものの問題になります。

たとえば私たちがコンピュータを使うとき、人間はキーボードやマウスを通じて情報の入力を行います。またアプリケーションからの情報を得るときは、主にディスプレイに表示される画像を眺めます。こうした「キーボード」や「ディスプレイに表示される画像」といった、人間と機械の接触する場所がユーザーインターフェース (UI) です。

私たちが情報技術に触れるとき、そこには必ず UI があります。そして私たちは UI を通して、情報を認識したり、操作をしたりします。ですから UI には

  • 情報を認識する方法や操作をする方法が分かりやすいこと
  • 誤った情報認識や操作に陥る可能性が少ないこと

などが求められます。

バリアフリーとユニバーサルデザイン #

情報技術に限らず、何かに対して「色々な人が扱えるように」という問題を考える際、バリアフリーおよびユニバーサルデザインといった考え方が登場します。

物がバリアフリーであるとは、その物を扱うための障害(バリア)が無い(フリー)という意味です。たとえば車いすの人は、階段を登ることができません。そこで鉄道の駅などではエレベータや車いす用のリフトを導入し、車いすでも駅構内を動けるようにしています。こうした「車いすの人が移動するための障害をなくすこと」がバリアフリー化の一例です。バリアフリーという言葉は「そこにありうる障害を取り除く」という意味合いがあるため、必然的に障碍者対応などが念頭に置かれます。

一方でユニバーサルデザイン (UD) というのは、全ての人がうまく扱えるようなデザインを意味します。バリアフリーという概念と重なる部分は大きいですが、「バリアの存在を仮定しない」という点で大きく異なっています。もう少し思想的なことを言えば、これまで「健常者とその他」という枠組みで捉えられていたようなものを「人それぞれが異なった特徴を持つだけだ」と捉えるという雰囲気です。

ユニバーサルデザインの良い例は「色覚」の問題です。かつては学校で色覚検査が行われ、少数派の色覚を持つ人は「普通の人」と違った見え方のため「色盲」と呼ばれていました。ところが研究が進むにつれ「正常」とされる人の中でも色の感じ方にズレが存在することが分かってきました。ですから色を使うときには、単に「色盲の人に見辛い色遣いを避ける」のではなく、色々な色覚の人にとって見やすい色遣いを選ぶことが必要です。問題はまさに、バリアフリー化を推し進めることではなく、ユニバーサルデザインを実現することなのです。

アクセシビリティとユーザビリティ #

さて情報技術がユニバーサルデザインを持つことは、その情報技術の UI が全ての人にとって使いやすいよう設計されるということです。この「使いやすさ」を表すのが、アクセシビリティとユーザビリティです。

アクセシビリティは大雑把に言うと「そもそも物を使うことができるか」という観点から、使える度合いを表します。たとえば文字情報であれば、視覚が使える人なら目で見られるし、視覚が使えない人でも聴覚が使えれば読み上げソフトを通して認識できます。ところが文字が画像ファイルとして作られてしまうと、読み上げソフトが使えなくなり、視覚を使える人にしか認識できなくなってしまいます。このような事象を指して「アクセシビリティが十分にある / ない」といった言葉遣いがなされます。

これに対し、もののユーザビリティとは、対象となるものが使えることは前提とした上で「特定の環境のもとで、特定の人にとってどれくらい使いやすいか」を表すものです。たとえばマウスの大きさが手に合うかどうか、あるいはウェブページの中に表示される情報が読みやすいかどうかを指して、使いやすさを「ユーザビリティ」と言います。

情報技術を世の中の人が広く使うには、アクセシビリティとユーザビリティのどちらもが大事です。まずアクセシビリティがないと、せっかく情報技術があっても使えない人が出てきてしまいます。特に公共的なサービスに情報技術を使う場合、アクセシビリティの確保が必要不可欠です。また情報技術が使えるからといって、使い勝手が悪ければ誰も使おうとしないでしょう。ですから色々な利用者がいることを念頭に置きながら、ユーザビリティを向上させることも大事なものです。

情報技術の普及へ向けて #

このようなアクセシビリティ、ユーザビリティを向上させるには、どのような UI が求められるのでしょうか?

ピクトグラムの利用 #

多くの人にとって分かりやすく情報を提示する際には、ピクトグラム(図記号)が有効です。

たとえば公共の施設では、必ず「非常口」を表すサインがあります。また街中を歩いていれば

  • 電車、バスやタクシーといった交通機関
  • トイレ
  • 水飲み場や自動販売機

などを表す数多くのマークが見つけられます。こうした、言葉抜きに意味を伝える図記号がピクトグラムと呼ばれるものです。

ピクトグラムを上手く使えば、言葉や文化の壁を越えて情報を伝えられます。たとえば原色の赤や黄といった色は「危険色」と呼ばれ、こうした色を見ると人は生理的に身構えます。ですから言葉がなくても危険色があるだけで「何らかの意味で危ない」という事実を伝えられます。またピクトグラムは

標準案内用図記号 のように規格化されているものもあります。このような標準的なピクトグラムは多くの人が日常的に目にしているものですし、世界共通なものも多いので、多くの人にすぐ意味が伝わります。

視覚の多様性に関する対応 #

視覚的情報の認識のしやすさを改善する技法は色々知られています。そうした技術の中から、2 つほど選んで紹介します。

カラーユニバーサルデザイン: 人によって色覚が異なることを前提にした、多くの人にとって見やすい色遣いによるデザインのことです。たとえばカラーユニバーサルデザインでは、色盲の人が識別し辛い色の組み合わせが排除されたり、色のコントラストをくっきりつけたりします。

UD フォント: 最近ではユニバーサルデザインの考え方が、フォントにも適用されています。UD フォントと呼ばれるフォントは、字形や字の内部の空間を調整し、見やすく読み間違えをしにくいように設計されています。

視覚以外の情報への対応 #

視覚が使えない人に情報を伝えるには、聴覚や触覚といった別の情報を用いる必要があります。たとえば音声は聴覚、点字は触覚を用いて、文字の情報を伝えます。

多くの人は視覚によって文字を認識するので、文字情報を考える際「どう見えるか」に注意が向きがちです。しかしコンピュータは文字情報を画像、音声のどちらにも変換できますし、また点字表示装置に情報を伝えることもできます。ですから

  • 文字情報を使う際は、文字を画像化したりせず「文字」のまま使うこと
  • 文字以外の情報を使う際も、代替となる文字情報を合わせて使うこと

などが、アクセシビリティの確保に繋がります。

参考文献 #

中村聡史『失敗から学ぶユーザインターフェース』(技術評論社): 様々なところにある「悪い UI」を数多く集め、それらの実例から「良い UI とは何か」を考える本です。日常生活の中で出くわす身近な例もたくさん紹介されているため、UI の重要性を認識するのにうってつけの本です。

**

The Center for Universal Design:** ノースカロライナ州立大学の中にある、ユニバーサルデザインの研究所です。このセンターを設立した Ronald Mace が、ユニバーサルデザインという概念の提唱者です。

**NTT サービスエボリューション研究所『ウェブユニバーサルデザイン』(近代科学社)

富士通株式会社総合デザインセンター, 富士通オフィス機器『よくわかる ウェブ・アクセシビリティ&ユーザビリティ―誰もが使いやすいウェブサイトへ (よくわかるトレーニングテキスト)』FOM出版:** ウェブに関するユニバーサルデザインを実現するための具体的な技法が述べられた本です。

太田幸夫『ピクトグラム [絵文字] デザイン』(柏書房): 幅広いジャンルにわたる具体例を基に、ピクトグラムとは何かを解説した本です。

赤瀬達三『サインシステム計画学』(鹿島出版会): 駅やイベント会場といった公共的な場所における、ピクトグラムを含む色々なサインの在り方を検討した本です。特に個々のサインだけではなく、それらの「体系」の問題にも詳しい解説がなされています。

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